便利と不便は紙一重


数日前、30年近く使ってきた壁掛け時計が突然壊れた。新しい電池に交換するもびくともしない。

海外土産のチープなものだったが、ミッキーの腕が針になっており、今の正規品にはない味わいがあった。簡単に諦めきれず、ひとまず見せかけの時計で生活することを選ぶ。


これは不便と思いきや、まさかのその逆、思いのほか快適なのである。


時間に追われる朝は、テレビで見れば事足りるし、ゆっくりしたい夜は、返って時計が視野に入らない方が時間を忘れてくつろげた。


今回の一件で、少し前、浴室は考えごとにうってつけだと感じたのは、一時的に情報が遮断されていたからだと気づく。


ならばと、本屋で気になりいそいそ買ってきた新刊を時計に背を向け読む。

読み終えてようやく、だいたいこのくらいの時間かなと初めてスマホをのぞくと、ほぼぴったりだった。時間と上手く付き合えるようになりたい。

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